さくらみゆき 1971年12月生まれ 神奈川県在住
パワースポットコーディネーター

なぜ、そう思うようになったのか、それは私の黒歴史に関わってくるわけですが…


これは以前、化粧品会社の代理店の仕事をしていた時によく言われた、お断りの常套句です。

当時の私は、子育て真っ最中。代理店業を始めたばかりだったので、「まずは口コミ」と身近にいるママ友を相手に営業活動をしていました。

ママ友の中にも、自分の意思で化粧品を買っている方たちもいて(私にとっては、こちらの感覚が当たり前なのですが)気持ちよくお客様になってくれる方もいたのですが、ダンナ様を理由に断られることの方が、圧倒的に多かったのです。

まあ、単純に断る理由として使いやすかっただけなのかもしれませんが…

そんな時、とても営業成績の良い代理店の先輩が、ダンナ様を理由にする断り文句を未然に防ぐ一言、として使っていたのが、

「パンツと化粧品くらい、自分で買ってください」

と言うフレーズでした。

笑っちゃうかもしれませんが、たかだか数千円〜数万円の買い物でも、ダンナ様の顔色を伺う奥様方の多いこと多いこと。

と、他人事ながら心配になりました。

そんな私も、毎月の収支が厳しくて代理店業を始めた、という経緯があります。

度重なる夫の転職。

年齢を重ねていくにつれ夫の就業先の給与は下がり、当時私が仕事としていた「答案添削業務:○ペン先生ってやつですね」では、とても補いきれないほど生活費は逼迫していました。

かといって、子どもを保育園に預けてまでフルタイムで働く覚悟はありません。だって

私の夢は「専業主婦」だったのですから。


母親が看護師をしていたので、かつての私は鍵っ子でした。

鍵のついた紐を首からぶら下げて、誰もいない団地の一角のドアを開けるのが、小学一年生の頃の私の放課後のルーティーン。

遊びに行った友達の部屋で、その子のお母さんがおやつを持ってきてくれるのが、羨ましくてたまりませんでした。

「大きくなったら”およめさん”になろう。美味しいクッキーを焼いて子どもの友達を迎えてあげよう。」

そんな小さな夢を抱いていました。

私の童話のような夢は、成長とともに別の夢に塗り替えられながらも、心の片隅にひっそりと、だけどどっしりと存在していたのです。

人見知りだった少女時代の私にとって、母は心の拠り所のような存在でした。

のんびり座ってお茶を飲むようなタチではなく、いつも仕事や親戚の用事に忙しくしていましたが、遊ぶときはとことん遊んでくれる、奇抜でユニークな母が私は大好きでした。

無駄遣いを許さず、余分なお菓子やおもちゃを買ってくれることはありませんでした。そして「健康な身体」と「身だしなみ」に人一倍気をつけるように、育てられました。

看護師という職業上、さまざまな患者さんの人生を見てきた母は、「いざ」という時のための準備を日頃からするように、ことあるごとに私に言って聞かせたのです。

・下着は綺麗なものを身につけなさい
・喉に異変を感じたら、取れるまでうがいをしなさい
・一着は”よそ行きの服”を持ちなさい
・寒いからといって着ダルマになってはダメ
・惨めな気持ちになるんじゃないよ

母との思い出が強く残っているのは、生まれながら持っている私の運氣が「赤ちゃん」という運氣で、”母親との縁が強いから”ともいえます。しかも、後から分かった事ですが、母と私は四柱推命で鑑定した際の相性が最高に良かったのです。

そんな最愛の母を病魔が襲ったのは、先述した「化粧品会社の代理店」を始めて間もない頃でした。

そんなこと想像もつかなかったし、なんとなくファンタジーな非日常くらいの感覚で、母が運ばれた救急病棟に花束を持ってお見舞いに行きました。

が、母は私を見るなり「覚悟しておきなさい」と、持っていった花を一瞥して言い放ちました。
まだ「がん」と診断されたわけではなかったのに、母は空想がちだった私に少しでも早く現実を自覚させるために、自分が死ぬかもしれないことを諭したのです。

あの日からおよそ2年、母の「がん」が治ることを祈りながら、なかば願掛けの気持ちで必死に営業しまくりました。

突然やってくる病院からの呼び出し…実家までは車で2時間の距離なのですが、大好きなお母さんのためならと、すぐにでも向かいました。当時小学生だった子どもたちを置いて…

あの時はずいぶん身勝手な母親になっていたのだと反省させられる事件がその後いくつか起こるのですが、それはまた別の機会に。

とにかく、「母の病気」とは関係のない「売り上げ」で願掛けをする、という全くもって不合理な行動をとっていたわけですが、当時の私にとって、

「仕事」で成果を出すことでしかメンタルを保つ術がなかった

のだと思います。
何かに集中しないと泣き崩れてしまう程のダメージを、くらっていました。

そんな状態でガムシャラに頑張っていた仕事では、ママ友相手に営業してましたから、当然陰口も叩かれます。

「友達からお金をとってる」「どうしちゃったのあの人」「友達で商売するのやめたらお茶してもいいけど」
などなど

結構辛辣な言葉もありましたが、母の命がかかってる私にとっては関係ありません。

頑張った甲斐あって、ついて来てくれる方たちもたくさんいらっしゃり、ありがたいことに私は、莫大な金額ではないけれど毎月の売り上げを安定させることができていたんです。

そしてこの経験を通して、主婦にとって自分で収入を作り出せることがどれだけありがたいか、痛感したのです。

母を亡くしたことで、仕事を頑張る理由がなくなったわけではないけど、ここぞというときに踏ん張れる営業的な強さを失いました。

代理店の仕事への情熱もなんだか頭打ちになっていた頃、当時流行り始めていたfacebookで目にしたひとつの広告で、情報発信ビジネスというものを知ります。


そんなヴィジョンを掲げて発信をしておられる方でした。

これまで、子育てこそしていましたが、子どもが未来に希望を持っていないだなんて考えたこともなかった私は、塾の講師から転身したネット起業家であるその方の情報を吸収しながら、我が子の目に映る自分の姿を想像してみたのです。正直、人生を楽しんでいるようには、とても見えませんでした。

・お金に対する不安
・夫に対する理由のない不満
・行き詰まっていた仕事
・ママ友だけでなく、旧友たちからも感じる疎外感

こんな八方塞がりのような状態から抜け出せるかもしれない、そんな希望の光を感じながら、毎日メールボックスに届くコーチングメルマガを楽しみにする日々が始まりました。

当時の私はごく自然に、メールでコーチングをしくれる「あの人みたいになりたい」と、見よう見まねで情報発信を始めるようになりました。

そして、高額のコンサルを受けたりビジネスコミュニティに身を置いたり、母が残してくれたお金をたくさん使って自己投資を繰り返しました。

しかし、なかなか憧れの情報発信者の方のように稼げるようにはなりません。

何がいけないんだろう?私に足りないものは何なんだろう?

こんな問いを、鏡に向かって投げかけ続けて数百万円の自己投資をした結果、いよいよ原資が尽きそうになると今度は、不定期でできるイベントスタッフの仕事を始めることにしました。活動資金を稼ぐためです。

その頃の私は、情報発信で稼げるようになることだけを目指していました。

この、側から見れば暗いトンネルの中で出口を探して彷徨っているような状況でも、良いことはあって。

これは、ビジネスの土台には人間関係構築がある、ということの証明ともいえるのですが…


それまでの私は、専業主婦→内職と、家の中で過ごすことが多く、外との繋がりってせいぜい「ママ友」くらいだったんですね。行動範囲で言えば、「家」「幼稚園」「スーパー」の三角地帯。

とても小さな世界で生きていたわけです。

それが、情報発信を始めた途端、「ネット空間」という異次元に自分の世界が広がったんです。しかも、そこでビジネス活動をしていく、ということは、ネットで繋がる誰かに向けて「役に立つ」存在である必要があるわけ。

私はもともと内向的な性格でしたから、「目の前にいる誰かを喜ばせる」という感覚よりも

「自分がいかに喜ぶか」という感覚を重視して生きてきてしまった。

なので、なかなか「情報発信」という分野のビジネスで成果を出すのが難しかったのです。

それでも、先に述べた元塾講師の方をはじめ数々のネット起業家の方たちに実際に会いに行って、共に時間を過ごしてきたことで、私の思考には変化が訪れていたのです。

この思考をわかりやすく説明できるのが、「シャンパンタワーの法則」です。

ホストクラブにでも行けば、実物を目にする機会もあるのかもしれませんが、普通に暮らしている主婦にとって、なかなか実物を見ることはない「シャンパンタワー」。だけど、どんなものなのか想像することは、できますよね。

ピラミッド型にセットされたシャンパングラスのてっぺんからシャンパンを注ぎ、上段から溢れたシャンパンが下の段に徐々に注がれていくという、アレです。

あのピラミッド型にセットされたグラスを”人間関係”に、そしてシャンパンを”愛”に喩えたものが、「シャンパンタワーの法則」なのです。

最上段にあるたった一つのグラスが”自分自身”なのは言うまでもなく、2段目は”家族”、3段目は”仲間”、4段目は”お客様”というように、関係性が近いほど上段になると考えてください。そして、シャンパンタワーというのは、てっぺんから注いだシャンパンが溢れて下段に注がれていく様が一番美しいのは、誰の目にも明らかです。

つまり、私たちがまずすべきは、
「自分を愛で満たすこと=喜ばせること」

そして、自分が満たされた状態で、家族、仲間、お客様…という順番で喜ばせていくことが大切だということなんです。


先述したネット起業家の方たちは、面白いくらいにこの「シャンパンタワーの法則」を体現していました。

自分自身が満たされた上で、溢れた愛を注ぐという行為は、いわば余力で行うものなので、無理がありません。

例えば、実家から送られてきた大量の野菜は、人にあげても惜しくないですよね。余ってるものをあげただけなのに感謝される。なので、与えることが喜びに変わるんです。

それと同様のことを、ネット起業家の彼らはしている。だからお客様は皆、喜んで彼らとの関係を継続し続けるのです。

この思考・あり方は、共にいる時間を増やすことで自分の中の感覚と共鳴し、波紋のように広がり、いつしか当たり前の基準となります。

もれなく私自身にも、この共鳴は起こっていました。

自分自身を満たす、ということを日常的に行った結果、まずは一番身近にいた家族に優しくなれた。

すると、それまで私が出歩くことを不機嫌そうに眺めていた夫が、週末になると夕飯を作ってくれたり、旅行に連れて行ってくれたりするようになり、今では彼も自分自身の特技を活かしてサラリーマンの傍ら、”週末起業”的なことを始めるにまで至ったのです。

なあんだ、それじゃあさくらさんって結局、情報発信で稼げてないんじゃないか

と思われるかもしれませんが、私が収入を4倍にすることができたのは、間違いなく”情報発信”がきっかけでした。


よく、「さくらさんの仕事は何?」と聞かれます。

この質問にどう答えたら良いのか、いつも困るのですが、
「お金をもらってやっていること=仕事」という定義だとすれば、ザックリ挙げてこれだけあります。

・情報コンテンツ販売
・アフィリエイト
・動画編集
・コーチング
・占い
・ハウスアドバイザー関連

そのどれもが私の仕事だし、ハタから見れば「なんか色々やってる人」なのかもしれません。一見すると、なんの脈絡もないこれらの仕事群。だけど、全てに共通するものが一つだけあるんです。それは

というブレることのない軸。

これは、私が情報発信を始めるよりもずっと前から、なんなら少女時代に抱いた「いつか”およめさん”になって、美味しいケーキやクッキーで子どもの友達を迎えてあげたい」という夢そのものにも宿っている、魂のミッションともいうべき軸なんです。

まずは自分の家族を笑顔にするために、私自身がやってきたことの中で一番有効だと感じたのが、「働き方をデザインする」ということでした。

女性にとっての仕事は、男性が考えているそれとは全く種類が違います。

いくら男女平等とはいっても、21世紀に入ってもう二十数年たったにもかかわらず、働き方に対して、未だ家庭環境の影響を受けやすいのは、女性です。でも私は、それで良いと思っています。

男が稼いで女が家を守る、これが幸せな家庭のカタチなんです。

自分が稼いだカネで嫁や子どもを食わしているんだ、という男性の自尊心を守りつつ、そんな夫と共に築いた家庭をしたたかに支える存在が、妻の在り方だと思うのです。

だからと言って、妻が稼いじゃいけないわけではありません。

むしろ仕事はした方がいいし、しっかり稼いだ方がいい。

ただ、稼いでいたとしても、決して夫への感謝を忘れない。”したたかに”仕事をするのです。

と、晩御飯はダンナ様の好きなおかずを作って、ちょっと多めによそってあげましょう。
そうすれば、彼らは喜んで明日も仕事に出かけるのです。

この”したたかさ”は、心にゆとりがないと実現不可能です。だからこそ、「自分を満たす」ことが最優先事項となるわけですね。

”したたかに”仕事をしていると、いつの間にか家族から応援されるようになっていきます。

我が家の場合ももれなく

・朝起きたら昨晩飲みっぱなしにしてあったグラスが洗ってある
・お風呂に入っている間に洗い物が終わっている
・帰宅したら夕飯ができている
・お風呂から出てきたら後で直そうと思っていたピアスが直っている
・洗濯機をセットしただけなのに気づいたら干されている

こんな、まるで妖精がいるんじゃないかと思うようなサプライズが、日常的に起こっています。


ここで注意なのですが!

実は妖精って2種類いるのをご存知ですか?

「良い妖精=フェアリー」「悪い妖精=ゴブリン」フェアリーは、誰もが想像する、背中に羽の生えているいわゆるティンカーベルのような妖精。彼らは人間に好意的で、手助けをしてくれる種族です。それに対してゴブリンは、人間に悪戯をしてくる種族。

なので、あなたがいくら部屋をきれいにしてもいつの間にか散らかっていたり、あなたががんばっている仕事を家族から反対されていたりするのだとしたら、それは、ゴブリンがあなたのそばに居座っている証拠だといえるでしょう。

せっかく家族仲良く幸せに暮らすためにお仕事をがんばっているのに、あなたと家族が不機嫌な毎日を過ごすはめになるなんて、本末転倒ですよね。

そこで、私が見つけた「おうちをパワースポットにする魔法の法則」をあなたに授けたいのです。

情報発信をしながら、さまざまなノウハウを学んできた私でしたが、そのたくさんのノウハウが、私の中で一つに繋がった瞬間があったのです。それは、それまで私が”食わず嫌い”してきた「占い」「スピリチュアル」といった類のメソッドとの出会いでした。

生年月日から導き出される「魂の企画書」ともいえる「命式:めいしき」を読み解くことで、自分自身の天職や運氣、まとうべき保護色がわかります。

私が自分自身の行動遍歴を天職に当てはめ、運氣を上げる自分自身のあり方を定めた時に、一気に成果が表れました。

それまで目標としてきた「給与収入<事業収入」を達成したのです。


「おうちをパワースポットにする魔法の法則」を一言で説明すると、たったこれだけのことなのですが、

・家族から応援される
・運氣を上げるあり方
・ゴキゲンな日々を過ごす

この3つを体現することがいかに難しいことか!がんばり屋さんのあなただったら、身に沁みてわかってらっしゃるのではないでしょうか。

全部をいっぺんに実現させるのは難しいのですが、まずは目に入る範囲であるそのお部屋のパワースポット化から始めてみるのはいかがでしょう。

「おうちをパワースポットにする魔法の法則」の中で、私が一番最初に始めたルーティーンを紹介する動画レクチャーがあります。

今のあなたのお部屋の金運が何パーセントなのか、がわかる診断テスト付き(無料)です。

良かったらご覧になってみてくださいね。


私には夢があります。

それは、私と関わる方たちとともに「笑顔の家族を増やす」ということです。

おうちの中心にいる女性の心が整い、ゴキゲンな毎日を過ごすことで、その家庭は癒しとパワーチャージができる場となります。それはつまり、

あなたのおうちがパワースポットになるということです。

パワースポットをホームにもつ家族のひとりひとりは、社会でのパフォーマンス力が高くなり、結果として社会全体の地力の底上げになります。

すなわち、私たち主婦がそれぞれの家庭をパワースポット化するということは、社会貢献につながるというわけです。それくらいの力を担っているのが、主婦という存在なのだと、気づいてほしい。

あなたのいるその場所をパワースポットに変えていける、そんな魔法使いになりましょう。

もうこれ以上、鏡に向かって「テクマクマヤコン」を唱える必要はありません。

近い将来、あなたにお会いできる日を、楽しみにしています。

パワースポットコーディネーター  さくらみゆき