さくら
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さくら
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「知ってる」と「やってる」って、全然違うんですよね。
そして、「できてる」はもっと先にある。この違いを実感する出来事があったんです。

実家で父とテレビを見ていた時のことです。

情報番組で「社交ダンスが老化防止に良い」という特集をやっていたのです。
あと数年で80歳になる父は、70歳の時に癌を患って以来、すっかり年寄りくさくなってしまったため、
何か夢中になれるものがあったらいいなぁ、と娘的には思っていたのですが、ダンスはハードルが高いのかなぁ、
なんて話してました。

それで私は「だったらスクワットやるといいよ」って提案したんです。

なぜなら、ここ4ヶ月ほど、毎日、朝晩の歯磨きの時にスクワットを続けているんですね。
で、以前からやってるピラティスの効果も相まって、インナーマッスルが鍛えられている実感もありますし、何より身体が動けるようになってきたんです。

でも父は「ああ、スクワットがいいのは知ってるよ」って即答したものの、ちょっとバカにした雰囲気を醸し出したんですね。

私が、教わったスクワットのコツを話し始めたら、父はまた「知ってるよ」って言うわけです。以前、テレビで見た情報だそうで。

カチンときた私は「じゃあ、やってる?」って聞いてみたんです。すると

「やってない」

…案の定、です。

それで試しに父が「こうだろ」って言って、その場でスクワットをやってみせたんです。

が、まるでできていない。

私が正しいフォームを伝えてやってみせると、父は「そんな動きをしたら後ろに転がっちまう」ってクレームを言い出しました。

実は私も、始めた当初は転がっていたんですよ。

でも、やり続けることで、徐々に転がらない筋力とバランス、つまり体幹が身についてきたんです。

この時、すごく実感したんです。

「知ってる」と「やってる」は別物なんだって。

そして、「やってる」と「できてる」も、また別物なんだって。

これを、ちょっと理系っぽく説明すると面白いんですよ。

「知ってる」っていうのは、微分のようなものなんです。ある瞬間の知識。点なんですね。

「やってる」っていうのは、積分を始めること。小さな行動を、毎日毎日積み重ねていく。

そして「できてる」っていうのは、その積分の結果。毎日のちょっとした変化を積み重ねた、累積された成果なんです。

数学が苦手だった方のために、もっと簡単に言い換えますね。

知識は「点」、行動は「線」、そして結果は「面積」です。

点だけいくつ集めても、線にはならないんですよ。

線を引き続けて初めて、面積になる。

つまり私たちは、知識という「点」を集めて、行動という「線」を引きながら、結果として「面積」と表現できる紙のようなものを作っている。ここまでは、2次元の世界です。

そしてその紙が重なると今度は「体積」となり、3次元になるわけですね。私たちが認識している世界です。
これが、「人生」なんだと思います。

知識だけ持っていても、何も変わらない。

やってみて初めて、効果を得られる。

そして続けることで、初めて「できる」ようになる。

「できてる」の積み重ね(レイヤー)がその人を造っている。

だから、「できないから」って決めつけて、やってみもしないのは、確実に人生を薄っぺらいものにしているんじゃないかなって思うんです。

私は、興味を持ったものには片っ端から手をつけてみて、続くものだけをふるいにかけながら継続していけばいいと思っています。

やってみないと、それが自分に合うかどうかもわからない。

続けてみないと、効果も得られない。

「知ってる」で止まっている間は、何も変わらないんです。

あなたも、何か一つ、「知ってる」で止まっていることを「やってみる」に変えてみませんか?