よく感謝の反対は当たり前と言いますよね。

当たり前になっちゃってると、ありがたいことに気づけない。

要するに幸せにも気づけないってことですね。

 

今日は、日常の中から幸せの種を見つける方法についてお話ししました!

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さくら
さくら

 

先日近所をお散歩してたんですよ。その散歩中に出くわした事件をもとにね、幸せの種の幸せの種についてちょっと考える機会があったので、お話ししたいと思います。

歩いて近所をお散歩していたら、駅の近くの曲がり角で70代位のおばあちゃんが自転車で角を曲がってきたんですね。

で!曲がった瞬間にバランスを崩して転んじゃったんですよ。

自転車ごと転んじゃって。スピードはそんなに出てなかったんですよ。おばあちゃんだからね。

ゆっくり曲がってきたら…そのゆっくりが良くなかったのかなあ。ハンドル取られて転んじゃってね。頭打っちゃったのね。

見たら、その時1番そのおばあちゃんのそばにいたのは私だったので、慌てて駆けつけるじゃないですか。

「大丈夫ですか」っていう感じで行ったらおばあちゃん意識はちゃんとあったあったし、怪我も見たところしてなさそうではあったんだけど、何か自転車に足挟まれちゃって痛そうだったから、一生懸命自転車を持ち上げて助けてたんです。

そしたら、私が1番近くにいたから駆けつけたんだけど、すぐにね私以外にも5、6人の人たちがばーっと集まってきて。

大丈夫ですか?意識はある?とか、痛くない?とかね。いろいろ声かけてて。

まぁ大げさになるのもちょっと気の毒だったから、私は、じゃあこんだけ人いるから大丈夫かなぁと思って、そのまま立ち去ったんです。

けれども、その集まってきた人たちの中には若い男の子、学生さん大学生位かなぁ。そんな男の子もいたりして、全然知らない人同士なんだけど。なんかみんな優しいなぁ。良い街だなぁって、改めて思った出来事だったんです。

なんかもう、その1人おばあちゃんが転んだって言う事件が起きたことで、なんだかねこの町全体がキラキラして見えた瞬間だったんですよ。

これがなんか当たり前に住んでいたこの街がねとても素敵だな。好きだなぁって思えた瞬間だったんですね。

 

私たちって、日常に埋もれている幸せにはなかなか気づけなかったりするんですね。

まぁ盲点とか死角が増えるといってもいいと思います。

幸せに対する死角がね、増えちゃってるんですよ。見えてないんですね。

よく感謝の反対は当たり前だなんて言うじゃないですか。

当たり前になっちゃってると、ありがたいことに気づけない。

要するに幸せにも気づけないってことですね。

って事はですよ。

幸せの反対側って不幸ではないんですね。幸せを見つけられないこと、なんです。

だってほら端から見て不幸そうなさぁ…まぁね具体的にあげちゃうとカドが立つかもしれないけど、あえて言うならね。

例えば、旦那さんが飲んでくれてて家にお金入れてくれないとかね。そんな人がいたとしてとても不幸そうじゃないですか。

だけどその当人にとってはね、そんな中でも幸せを感じている瞬間ってあるはずなんですよ。

それくらい幸せって主観的なものなんですね。

要するに「幸も不幸もEasy Come, Easy Go!」じゃないけど、幸も不幸も主観的なものだって言うことなんですね。

つまり、自分に見えているものをどう受け止めるのかで幸せって手に入れられるものなんです。

だとしたらね。幸せに対する死角とか盲点をなくしちゃえばいいと思いませんか。これってつまり幸せ視力向上だと思うんですよ。幸せの感度を高めるってことですね。

だって、いつもあら探しばっかりしてる人といいことを見つけるのが上手い人どっちが幸せなのかって言ったら、そんなの一目瞭然ですよね。ちょっと考えれば誰でもわかること。

どっちで生きていきたいですか、って言うお話です。

私だったら良いとこいいこと見つけてね、毎日ハッピーに暮らしていきたいなぁと思いますね。きっとねこれ聞いてくれているあなたなんで、同じように幸せ感度の高い方だと思いますので、良いこと探しが上手なんじゃないかなと思います。

ということで、今日のしつもんいきましょう。

今あなたが感じている幸せはなんですか?

今日はこの問いを心に置いて過ごしてみてください。

それでは今週もあなたのいる場所がパワースポットになりますように、ご機嫌に過ごしていきましょう。